大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成7年(わ)999号 判決

主文

被告人を禁錮二年に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯等)

被告人は、昭和二四年B子と結婚し、妻のA家に入って農業を営んでいたが、幼稚園の経営を決意し、昭和三九年一一月、妻名義で幼稚園の設立認可を受け、埼玉県浦和市《番地略》に「甲野幼稚園」の名称で幼稚園を開設したが、被告人に教諭の免許がなかったことから、親戚のCに依頼して同人を園長に据え、その後昭和四七年四月被告人が資格を得て園長に就任し、また、昭和六〇年四月には自己が発起人となって学校法人甲野学園を設立して右甲野幼稚園を継承し(以下「甲野幼稚園」という。)、B子が理事長、被告人が理事及び園長に就任したが、B子の理事長は名目のもので、甲野幼稚園の経営及び園務の実質的な最高責任者は、いずれも被告人であった。

(罪となるべき事実)

被告人は、学校法人甲野学園の理事で、かつ、甲野幼稚園の園長として、同幼稚園の園務をつかさどり、園の施設管理、飲料水の水質検査等を実施し、その結果に応じて環境衛生の維持・改善措置を講ずるなどの業務に従事していたものであるが、甲野幼稚園では開設当初から園内に設置されていた井戸の水を日常の飲料水として園児に供給していた上、昭和六二年一一月三〇日ころ、大宮保健所に依頼して右井戸水の水質検査を受けたところ、その井戸水から大腸菌群及び水質基準を超える一般細菌が検出されたため、右保健所から、同井戸水は飲用に適さず、飲用するに当たっては煮沸して滅菌するよう指導を受けたのであるから、以後、同園において、井戸水を飲料水として園児に供給するに当たっては、煮沸するなどして滅菌し、かつ、随時井戸水の水質検査を行い、病原生物等に汚染されていないことを確認した上で供給すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、何ら滅菌措置を講ぜず、かつ、病原生物等に汚染されていないことを確認しないまま、漫然、井戸水を飲料水として園児に供給し継続して飲用させた過失により、平成二年九月ころから同年一〇月上旬ころにかけ、病原性大腸菌に汚染された井戸水を園児であるD(昭和五九年九月二六日生、当時六歳)及びE(昭和六一年三月二〇日生、当時四歳)に飲用させて同菌に感染させ、そのころ、右両名に消化管出血、急性脳炎等を各発症させ、よって、右Dをして、同年一〇月一七日午前五時ころ、同県岩槻市《番地略》所在の埼玉県立小児医療センターにおいて、右急性脳炎により、右Eをして、同月一八日午後三時ころ、同所において、急性脳症により各死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(一)我が国におけるO一五七-H七の病原性大腸菌(以下「本件病原性大腸菌」という。)による集団中毒事件は本件が初めてであり、当時一部の研究者を除いてこれを予見することは不可能であり、被告人は当時本件病原性大腸菌が存在し、これを飲料水とともに飲用することによって同菌に感染し、本件各被害者が死亡すること及び右死亡の結果発生に至る因果関係の基本的部分についての予見可能性はなかったので過失は認められない、(二)浄化槽の保守点検の管理については、その一切を浄化槽管理業者である株式会社乙山サービスに委託してこれに任せていたものであるから、本件は信頼の原則の適用により違法性が阻却される旨主張するので、以下検討する。

(一)について

関係証拠によれば、次の事実が認められる。

被告人は、判示のとおり、昭和三九年一一月甲野幼稚園を開設したが、幼稚園舎を建築するに際し、園敷地内に井戸(以下「本件井戸」という。)を掘削し、その井戸水を園児らの日常の飲料水として供給することとし、設立認可申請に先立つ同年八月、右井戸水を埼玉県中央保健所に依頼して水質検査を実施したところ、一般細菌数が一ミリリットル中平均三〇〇個と検出されて飲料水としての水質基準に適合せず、飲用に供するためには「要滅菌」との判定を受けた。そのため、被告人は昭和四〇年春ころ、滅菌器を購入した上、これを汲上げポンプに設置したが、その後滅菌器に故障が生じて塩素が大量に井戸水に混入するようになったことから、被告人の独自の判断で滅菌器を取り外し、以後、井戸水を井戸から汲み上げたままの状態で園児らの飲料水として提供していた。その後昭和五三年八月ころ、園舎北東隅の園児らの使用する便所を汲取り式から水洗式に切り替える工事を行い、このとき、同便所前の本件井戸付近の地中に浄化槽(五〇人槽)及びこれに連結された汚水タンク(二本のヒューム管を重ねてモルタルで接合したもの)が埋設され、更に昭和五五年一二月ころ、園舎北西隅の便所についても水洗式への切替え工事を行い、同便所前付近の地中に浄化槽(七人槽)及び汚水タンクが埋設された。

ところで、昭和六二年六月二一日幼稚園の父兄参観日に行われた保護者役員会の席上、保護者の役員から本件井戸水が問題とされ、被告人は前記のとおり開園直前に一回水質検査を行っただけで、その検査結果も水質基準以上の一般細菌が検出され飲用に供するには要滅菌の判定を受けていたにもかかわらず、定期的に水質検査をしているので大丈夫である旨の虚偽の回答をしたが、嘘を言ってしまったことが頭の隅にあり、不安になったことから、同年一一月三〇日、被告人自ら採取した本件井戸水を、自宅の井戸二ヵ所から採取した井戸水と共に、大宮保健所に持ち込んで水質検査をしたところ、同年一二月初旬ころ、保健所から、本件井戸水には一ミリリットル中一七〇個の一般細菌と大腸菌群が検出され、水道法の水質基準に適合しないとの判定と煮沸することの指導事項が記載された、赤色のスタンプの押された成績通知書を受取った(なお、自宅の二ヵ所の井戸水からもいずれも基準値を超える一般細菌が検出され-ただし、大腸菌群は不検出-、水道法の水質基準に適合しないとの判定と水道水に切り替えることの指導がなされた。)。しかし、被告人は、本件井戸水をこれまで飲用に供してきたが特に異常はなかったので大丈夫であろうとの考えから、本件井戸水から大腸菌群等が検出された原因を調査しなかったばかりか、判示のとおり、何らの滅菌措置も講ぜず従前どおり園児らに本件井戸水を日常の飲料水として継続して飲用させていたものであり、右昭和六二年の水質検査後は井戸水の水質検査自体も全く行っていない。

ところで、甲野幼稚園において、平成二年九月中旬ころから下痢により欠席する園児が現れはじめ、特に園の運動会が行われた同年一〇月一〇日を境とし、園児及びその家族を中心として下痢症状等を発症する者が相次ぎ、同月一八日までに園児一四名が入院し、そのうち判示二名の園児が同月一七日と一八日に入院先の埼玉県立小児医療センターで死亡するに至った。すなわち、Dは、平成二年九月末ころから翌一〇月初旬にかけて、一時嘔吐ないし腹痛を訴えたものの、間もなく回復して通園していたところ、同年一〇月一〇日、甲野幼稚園内で開催された前記運動会で、本件井戸水を飲用するなどした後、同日夜から発熱し、翌日から下痢症状が次第に酷くなり、通院を繰返したが、同月一七日午前五時ころ、搬送された埼玉県立小児医療センターにおいて、判示の死因により死亡した。また、Eは、平成二年九月末から翌一〇月始めにかけて発熱及び下痢症状を呈したが回復し、前記運動会に参加して本件井戸水を飲用するなどした後の同月一四日夕方から発熱、嘔吐の症状を呈し、翌日からは、腹痛及び下痢症状が頻繁になり、通院して治療を受けたものの、好転せず、同月一七日、前記小児医療センターに搬送されて手当を受けたが、翌一八日午後三時ころ、同小児医療センターにおいて、判示の死因により死亡した。その後も、園関係者の患者は増加し、終局的には入院患者は、右死亡者二名を含む五二名、通院患者は一八四名にのぼった。

埼玉県衛生部は、埼玉県立小児医療センターからの食中毒の疑いがあるとの通報を受け、同月二二日衛生部長を本部長とする対策本部を設置し、甲野幼稚園への立入検査等を実施したが、その結果、同本部は、甲野幼稚園の給水栓から本件病原性大腸菌及び多種類の型の大腸菌が検出されたこと、死亡したEの血液中に右病原性大腸菌に対する抗体が認められたこと、本件集団下痢症は、本件井戸の井戸水を摂取していた園児らに認められたこと、右井戸から約五メートルの位置にあった浄化槽用汚水タンクのモルタル接合部に亀裂があり、その亀裂から汚水が漏出して井戸に漏入していたこと等の事実が明らかになったとした上、判示被害者両名は、本件病原性大腸菌に汚染された本件井戸水を飲用したため、同病原性大腸菌に感染して死亡したとの結論を出したが、右結論については、弁護人も本裁判において、特に争っていない。

以上の事実を前提に所論主張の予見可能性の有無についてみると、被告人は捜査段階において自ら繰返し供述しているように、昭和三九年九月の開園以来一貫して甲野幼稚園の経営及び園務について最も責任ある立場にある者として行動し、これに従事していたものであって、心身の健全な発達を目標とする園児保育において、園児の身体の安全、健康、衛生等に対する配慮、そのための環境の確保についても同様に責任者としての地位にあったものであり、特に園児は三歳から六歳位の幼児であって、体力的に抵抗力の弱い時期にあるのみならず、自己の身の安全、健康、衛生等についての配慮や身体の状況を適切に訴える能力も欠けることから、保護者の下を離れた園児の安全、健康、衛生等については、本来、園の長である被告人の最も重要な職務として万全の配慮を払うべき法的責任があるというべきである。しかるに、被告人は学校保健法及び同施行規則によって園児の飲料水については毎年検査して園児の健康、衛生に支障のないよう配慮すべきところ(なお、幼稚園設置基準九条四項によれば、飲料水の水質は衛生上無害であることが証明されたものでなければならないとされている)、昭和三九年の開園時と昭和六二年の一一月の二回しか水質検査をしなかったばかりか、自ら直接関与して実施した右二回の検査結果において、公的機関である保健所から基準値を超える一般細菌、大腸菌群が検出され飲料水としては不適であって、飲用に供するためには煮沸するなどして滅菌することが必要であるとの具体的な指摘まで受けながら、今まで飲んでいて異常がなかったから大丈夫であろうとの理由のみで、特に昭和三九年の検査では一般細菌しか検出されなかったのが、昭和六二年の検査では一般細菌に加え大腸菌群まで検出された本件井戸水を、判示のとおり何ら滅菌措置もとることなく、また、他の井戸水からは検出されていない大腸菌群が検出されるに至った原因を調査してこれを除去するための措置を講ずることもせず、従前どおり園児の日常の飲料水として提供してきたものであるが、飲料水はいうまでもなく人が日常的に体内に摂取するものの中でも、健康、生命を維持し、確保していくために最も根源的なものであり、そのため水道法により飲料水としての適否を判定するための水質基準が定められているものである。そして、本件井戸水についての公的専門機関である保健所の右水質基準に適合せず、飲用不適との判定は、これを人がそのままの状態で体内に摂取するときは、健康を損ね、その生理的機能に重大な事態を生じるおそれがあることを指摘したものであることは、多言を要しないところであって、特に前叙のとおり抵抗力や判断力に乏しい園児がこれを摂取した時には、単に健康を害するだけにとどまらず、園児のそのときの健康状態、摂取した井戸水に含まれる大腸菌の量等によっては死亡といった重篤な事態に至るおそれがあることについても当然予見しうるところであり、とりわけ前叙職責を担った園長の被告人においてはこれを予見した上回避するための措置を講ずべき法的責任が存したことは明らかである。

右の点について、弁護人は、当時我が国においては、本件被害者の死亡の原因となった病原性大腸菌について一部の研究者を除いてその存在さえ確認されておらず、本件井戸水に右病原性大腸菌が混入していることについて被告人はもちろん、通常人も予見できなかったのであるから、被告人は本件被害者の死亡の結果発生、同結果発生に至る因果関係の基本的部分についての予見可能性はなかった旨主張する。

当時の我が国において一部の研究者を除けば、病原性大腸菌が存在することについては十分認識されておらず、O一五七-H七による集団中毒事件の発生は本件が初めてであり、従って、被告人において、当時本件井戸水に病原性大腸菌が混入し、これを摂取した本件被害者が右病原性大腸菌に感染して死亡することについての予見可能性がなかったことは、所論指摘のとおりである。(なお、O一五七-H七の病原性大腸菌は、一般大腸菌と異なり、腸管出血性大腸菌であり、ベロ毒素を産出し、血性下痢を主徴とする出血性大腸炎を起こすとともに、溶血性尿毒症症候群を併発して重症となり死亡する例も稀ではない。)

しかしながら、本件においては、前叙のとおり、井戸水を検査した結果、単に井戸水から大腸菌群が検出されたことが明らかにされたというのではなく、右大腸菌群が検出されたことにより水道法所定の飲料水としての水質基準に適合せず、そのままでは飲料水として不適であるとの明確な判定がされた上、飲用に供するためには煮沸して滅菌することが必要であるとの具体的な指導までされていたものである。しかも、右検査は被告人が自ら井戸水を採取して実施したもので右の結果については被告人において知悉していたのであるから、引き続きこれを飲用に供する場合には当然右指導に従って滅菌するか、大腸菌群の混入の原因をつきとめて、大腸菌群の混入のない状態にした上で飲用に供すべきところ、これを無視して従前どおり園児の日常の唯一の飲料水として提供していたものである。他方、関係証拠によれば、大腸菌群が検出された水には病原性の大腸菌やウイルスが混入している可能性があるため、水道法の水質基準において飲用が禁止されているものであり、また、通常の大腸菌も大腸にある限り人の病原にはならないが、体腔内や他の臓器に入ると化膿性炎症を起こし、腎盂炎や膀胱炎となり、血液に入ると敗血症となる等、生命の危険に至ることが認められるところ、本件井戸水は前叙のとおり、抵抗力、判断力の乏しい園児が日常的に摂取していたことからみて、一般の大腸菌による感染に関して右のような症状に至ることの詳細かつ専門的な知識がなくても、また、所論指摘のように本件井戸水の大腸菌群にはO一五七-H七の病原性大腸菌が存在し、これを摂取した被害者が感染して死亡するに至ることまでの予見可能性がなくとも、大腸菌群が混入し飲用不適の井戸水を園児が摂取すれば、園児のそのときの身体の状況や本件井戸水の摂取量等によっては、右のように生命に危険な状態となって死亡するおそれがあることについては十分予見可能であったものと認められるのみならず、特に園児の身の安全、健康、衛生等について万全の配慮をすべき園長の地位にあった被告人においては、少なくとも大腸菌群が混入し飲用不適と判定された本件井戸水を園児が摂取した場合には、その健康、生命に右の程度の危険性があることについては当然調査するなどして予見した上、これを回避するための措置をとるべき法的責任が存したことは明らかである。所論は採用できない。

(二)について

昭和五三年九月甲野幼稚園と株式会社乙山サービスとの間に浄化槽の管理についての業務委託契約を締結し、以後右会社において消毒剤の補充等を行ってきたことは所論指摘のとおりであるが、右株式会社乙山サービスの代表取締役Fによれば、右浄化槽は完全滅菌を目的とはしておらず、大腸菌群についての性能基準がない上、株式会社乙山サービスにおいて浄化槽の管理を開始した後の前記昭和六二年一一月三〇日の本件井戸水の水質検査において、大腸菌群が検出されているが、被告人は右事実を知りながら本件井戸水を飲料水として本件被害者らに提供していたものであって、所論は前提を欠き、信頼の原則の適用の余地はない。所論は採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一一条前段に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、学校法人甲野学園の理事であり、同学校法人が設置する甲野幼稚園の園長であった被告人が、園児らに飲用させていた井戸水について、大宮保健所の水質検査を行ったところ、大腸菌群により汚染されており、「飲用不適」であると判定され、これを飲用するに当たっては、煮沸して滅菌するよう指導を受けたが、何ら滅菌等の措置を講じないまま、園児に井戸水を継続して飲用させていたため、病原性大腸菌(O一五七-H七)に汚染された井戸水を飲用した園児が同菌に感染し、判示二名の園児が消化管出血、急性脳炎等を発症して死亡するに至ったという重大事犯である。

被告人は三歳から六歳位の一八〇名を超える多くの幼童を預かる幼稚園の長であって、園児らの安全、健康、衛生等については万全の注意を払い、特にその健康、生命の根源とも言うべき飲用水については、園児らの幼く抵抗力の弱い身体を慮って、いささかの懸念もない安全で飲用に適したものを提供すべきが、職責上も人倫上も当然のことであるが、保健所の水質検査で大腸菌群等が検出され「飲用不適」と判定されたにもかかわらず(右は、園児らの父母から井戸水について不安の声が出て、水質検査を実施しているので問題ないと虚偽の回答をしたことから気にかかり、検査した井戸水の判定である)、「これまで何事もなかったから大丈夫だろう」と安易に考え、何らの措置も講ずることなく、園児らに飲用させ続けていたというのであるから、単なる過失ではすまされない、園児やその父母の全幅の信頼の下に、園児の心身の健全な成長という社会的にも重要な使命を担った園長にあるまじき行動であって、厳しい非難に値する。被害者の園児二名は、被告人の本件の重大な過失の結果、その家族から慈しまれ、愛情と希望の中で生育していたものであるのに、いまだ四歳と六歳という幼さで突然襲った激しい苦痛の末、その生を終えるに至ったものであまりに悲惨である。愛し子を奪われた遺族らの悲嘆と絶望も察するに余りあるものがあり、本件の被害結果は重かつ大であると言わなければならない。

以上のとおり、被告人の刑事責任にはまことに重いものがあるから、実刑に処することも当然考えられるところであるが、他方、被告人は本件に至る経過を含めた本件の外形事実はすべてこれを認めて深い反省の情を示し、本件とともに発生した他の園児らの被害については全て円満に示談を成立させ、本件遺族らに対する賠償についても、誠心誠意これに応じる意向である旨を述べていること、本件が正当化されるものではないが、当時我が国では本件の原因となった病原性大腸菌の毒素による恐るべき中毒症状については、専門家の間でも必ずしも理解されていなかったことが認められ、このことが一因ともなり、被告人が前記保健所の指導にもかかわらず、自宅やその周辺地域の井戸水利用の状況に照らして、事態を安易に受けとめていた節があること(なお、本件の発生経過を見ると、保健所において、被告人からの検査依頼にかかる井戸水について園児の飲用に供していた飲料水であることの認識がなかったとしても、水質検査の結果、飲用不適と判定したのであるから、検査依頼者に当該の水を具体的にはどのような用途に用いるべく予定しているのか質し、大腸菌群の汚染は糞便の漏入の恐れを窺わす旨をも告げて、「煮沸の要」の意味内容につき当該用途との関連で具体的に指導するなど、何らかの事例に応じた具体的で適切な働きかけをすべきであったと思われるが、当時は水質検査に関する一片の成績通知書を被告人に交付するのみで、その水質汚染の程度についての説明やなんらかの具体的指導等を施していなかったことが窺えるから、この点は、地方の公衆衛生に資すべき職責を有する保健所の指導のあり方として、必ずしも十分ではなかったと認められる)、本件後、周辺住民の強い要望により閉園していた甲野幼稚園を再開したが、園児の飲料水については、水道水に切り替え、排水設備も整備したこと、被告人には前科が全くないこと、被告人は六九歳であり、本件の責任を全て果たしたときには引退を考えていること等被告人に有利ないし酌むべき事情を認めることができるので、これらの情状をも考慮の上、被告人に対しては社会内における更生の機会を与えるを相当と思料し、その刑の執行を猶予することとした次第である(求刑禁錮二年)。

よって、主文のとおり判決する。

平成八年七月三〇日

浦和地方裁判所第三刑事部

裁判長裁判官 羽淵清司 裁判官 小池洋吉 裁判官 冨田敦史

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例